「三分一博志さんと行くデンマーク建築の旅」 旅を終えて・・ ご参加の方より感想を寄せていただきました

デンマーク建築の旅を通して「文化」について考える   KMさん

 

デンマークでは、特に首都コペンハーゲンでは至るところで自転車専用道路が走っている。そして多くの自転車乗りがヘルメットを被っていた。この何気ない風景に対し、驚きとともに大きな感動をおぼえた。

 

 

デンマーク人の生真面目な国民性を端的に表しているように感じた。
このことと、デンマークにおける投票率の高さ(2015年議会総選挙投票率 86%)は無関係でないように思われる。「自分は『国家』というコミュニティの一員である」という意識が醸成されているのだと思う。
国民負担率が68%と高いので、政治に対しての関心が高くなるのは当然と言えば当然であるが、そもそもこの高い税率を受け容れるにはそれだけの知性が必要である。面倒で難解で特殊な「政治」という概念にしっかり向き合う文化が育まれていなければ成立しない。
ところでデンマークは2013年、2014年、2016年の国連発表の幸福度ランキングで1位となっている。飲食店等における何気ないコミュニケーションで感じたことだが、デンマーク人は皆さん本当に親切であった。成る程、幸福感を強く感じている人が多い印象であった。
コペンハーゲン郊外の人気レストラン「HÖST」に予約無しで飛び込んでみたら案の定ほぼ満席の状況だった。しかしスタッフの気のいいお兄さんが「10分だけ待ってくれ!」と言って融通してくれ、素晴らしい料理を味わうことが出来た。ちなみにここは内装、特にトイレが非常に粋であった。

 

 

エネルギー政策についても非常に参考になる。
デンマーク政府は1985年には原発に依存しないことを決めた。2014年時点で再生可能エネルギーによる電力供給率は56%となっている。翻って日本のことを考える。政権によりある程度政策に違いが出ることは止むを得ないというか、そうあるべきだが国家の根幹を成すエネルギー政策についてすら日本は揺れている。であれば「日本の依って立つ思想」とは何なのだろう。あるいはそのようなものは有るべきではないのか。
戦後の高度経済成長を経て長い間受難の時期を経験している今、日本は自身のアイデンティティを再考しなければならないフェーズに来ていると思う。文化なき経済は中長期的には脆い。
テクノロジーは指数関数的な速さで進歩している。しかし「テクノロジーによって害悪が発生したとしても、テクノロジーによって抑えればよい」という、資源の有限性、自然の不確定性、人間の不完全性を無視した対症療法的方法論には限界がある。エントロピーはどこまでも肥大し、いずれ破綻する。
このことと関係するが、今回オーフスで開催されたシンポジウムは自分にとって非常に有意義なものになった。福武財団の福武總一郎氏の提唱する「在るものを活かし、ないものを創る」という考え方、また建築家三分一博志氏の語る「植物のような建築」「その存在により、さらに環境が引き立つ『棚田』のような建築」という設計思想には改めて感銘を受けた。
かつての貯水槽を利用した美術館、Cisternerneにおける三分一氏のインスタレーション「The Water」にもその考え方が色濃く反映されていた。幽玄、静謐で感動的な風景であった。当初の役目を終えたひとつの空間が、別の切り口で再構築されることで新たな価値を持つものとして瑞々しく生まれ変わっていた。
ところで現在日本には空き家が820万戸あり、これは全住宅数の8.3%とのこと(平成25年総務省発表)。「The Water」は、日本人が日本の未来を考えるうえで非常に大きな示唆を与えてくれるものだと思う。

 

 

人口が集中する現代の都市部においてはどうしても文化を残していくことが難しい。また、日本企業はパッケージング技術に優れているというところもあってか、地方においても均質化されたものが歓迎されてしまう状況にある。
地方創生が喫緊の課題として叫ばれているが、地方衰退の原因のひとつとして「地域の文化・アイデンティティの喪失」があると思う。そもそも「文化」とは「『土地の自然環境』と『それに対する人間の反応(あるいは人間同士の反応)』を要素に長い時間をかけて有機的に発酵した『成果物』」であると思う。結果「その地域における衣食住」として具現化される。その「文化」の、土地に根差した「代替不可能性」が地域の人々のアイデンティティを育んできたのだと思う。しかし現代においてはその地域の多くの部分が均質化され代替可能性に満ち、地域ごとのアイデンティティは喪失されつつある。結果、人が土地に根付きにくい。「文化の喪失」は取りも直さず「尊厳の喪失」である。
一方、デンマークでは地方のみならず都市部においてさえ、古い街並みが大切にされ残っている。こういった街並みを見ると「ラディカルな変容が起こる以前の、緩やかに連続的に流れていた時代の日本の文化を再考したい」という猛烈な衝動に駆られる。
現代において「交易」は避けられない。であれば交易にあっても守るべき文化は守らねばならない。また交わる所があったとしても「喪失」はあってはならず、香り高い「融合」であらねばならない。そのためには究極的には我々国民、市民が安易に短期的な利益に走らないだけの知性を身に付けるしかないという当たり前のことを再確認出来た、実り多い旅となった。

 

 

 

 

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TTさん

 

私自身、人生ではじめての北欧そしてデンマークへの訪問となり、貴重な機会をいただき感謝申し上げます。

今回のツアーの目的でもございますデンマークの建築をめぐるツアーでしたが、コペンハーゲンの町並みすべてがアートのように写りました。旧市街の歴史ある町並みと運河沿いのモダンな建物とのコントラストが非常に印象に残りました。

三分一先生の案内で建築家の自邸や作品である建築を拝見し、またとない貴重な体験が出来ました。建築家のデザインの意図や美しく見せるためのデザインの技術的な解説もいただきより深い理解を得ることが出来ました。

また、今回のツアーでハイセンスなデンマークデザインが両国の150年にわたる交流により日本文化の影響を大きく受けていることが分かり驚きました。今日にいたるまでデンマークの方々と日本人のセンスや美意識が両国の人々の根底で共感しあうことが出来ていることに感銘し、私も現地で同じように思いを共有することが出来ました。

オーフスのシンポジウムでは直島プロジェクトの講義に熱心にメモをとる学生たちの姿を目にし、今後さらに両国の人々がお互いを尊重し、学び、成長しあう関係が継続していくものだと確信を持ちました。

また、機会がありましたら是非デンマークを訪れて、さらにデンマークのことが知りたくなりました。ぜひとも再訪したいと思います。

 

 

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デンマーク建築の旅   YMさん

 

今回、三分一博志さんと巡るデンマーク建築の旅というツアーで、建築という文化を通して、デンマークという国や、デンマーク人の国民性を感じることができ、コペンハーゲンについてからの7日間は、本当にあっという間で、驚きと感動の連続でした。

ツアー内では、コペンハーゲンと、デンマーク第二の都市であるオーフスを訪れました。

 

<写真:オーフス 市庁舎>

 

コペンハーゲンで訪れたデンマークデザインセンターでは日本の企画展を開催しており、北欧デザインの一部が日本の伝統工芸などに影響を受けていることがわかりました。日本の機能性を重視しているところや、自然の材料の特性を生かしている技法などに、北欧デザインとの親和性があるように感じました。

 

<写真:デザインセンターの日本展>

 

また、三分一さんのご案内で、デンマークの建築家の自邸を訪問し本人から直接、建築当時の裏話や、デザインに対する姿勢、考え方を説明をしてもらえるという、またとない貴重な経験をさせていただき、本当に有意義な時間を過ごすことができました。

 

<写真:ウツソン自邸にて>

 

オーフスでは、日本の直島プロジェクトをデンマークの方に紹介するシンポジウムに参加させていただき、真剣にメモをとる学生の姿を見て、デンマークの方の日本へ対する興味と好意に外交150年の歴史を感じました。

市庁舎や学校なども訪問しましたが、家具・建築共にデザイン的かつ機能的であり、自然の良いものを長く使うことに価値を見出しているように感じ、デンマーク人の心の豊かな国民性を家具や建築を通して感じることができました。

デンマークの街中は、歴史ある建築と近代建築が融合しており、エリアでのデザイン統一がしっかりとされており、国として、伝統・文化を守って行こうという意識を強く感じました。

 

<写真:ニューハウンの街並み>

 

今回のツアーで、デザインというものを通して豊かさを表現しているデンマークの魅力をたっぷりと感じることの出来る貴重な経験となりました。また、是非訪れたいです。ありがとうございました。

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